「アイヌ民族」を、当人に身近なたとえば「ネット先住民」にでも置き換えれてみれば想像がつく人も増えるんじゃないだろうか

と思うわけですよ。

主張せざるをえない状況があるのかとか、政府やマスメディアがどういう面でダメかとか。征服者側が(WORDファイルで提出しろとか)無意識的に押しつける状況が起きることとか。あとから入ってきておきながらそっちの慣習だけで、こっちのエコシステムとか破壊するような規制を押し付けようとするとか。いろいろ。また、こういう課題では行政だとか政府だとかが、いわゆる市民というか実際には植民側の権利を単純に最大にするというわけも行かないこと(もちろん逆の極端のほうもだけど)とかも。

もちろん実世界での影響は時間的にも桁違いだし、力とかでの相互関係も直接対比できるものじゃないけれど。こういう記事に対してまたうざいのが出たという反応しか起きないのもいつものとおりであり、そもそもマイノリティであること自体で受ける問題、そしてマジョリティが無意識でしていることが圧力化することがある問題についての意識が低いことが、(日本においては)まず問題じゃないかと思うしだいなのです。

もちろんどちらか一方に安易に妥協しろってことじゃなく、むしろその逆で柔軟に変え続けること自体が重要であって、たとえその時点での落としどころが間違っていたとしても修正が効きやすいのが民主主義の利点でもあるでしょう。